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虚血性心疾患

虚血性心疾患は心筋梗塞,安定狭心症,不安定狭心症などを含む広い疾患概念である.それぞれの疾患について遺伝学的背景が存在するが,ゲノム上においてはDNA変異とDNA多型の2種類の概念に分けられる.Mendel型遺伝形式をとる単一遺伝子病の原因となるのが生殖細胞系列におけるDNA変異であり,疾患罹患性の決定因子となる.DNA多型は非患者集団においても認められるため,疾患罹患に対して決定的なものではなく危険因子である.DNA多型は,ほかのDNA多型や環境要因との複合的な相互作用により疾患の発症にかかわると考えられている.
(1)多因子疾患の危険因子としての遺伝的素因
 近年のゲノム研究の進歩により,多数の患者群と多数の対照群を比較するゲノムワイド関連解析が可能となり,数多くの虚血性心疾患関連遺伝子が同定されている.その一部を表5-4-1に示す(dbGaP database).表には含まれていないが,日本においても関連解析は進んでおり,炎症関連遺伝子が複数同定されている.
 これまでに明らかになった関連遺伝子のオッズ比は最大でも1.8程度で,既知の冠危険因子と比較すると必ずしも大きな危険因子ではないが,複数の関連遺伝子を組み合わせることによりオッズ比は高まる.後述するが,エビデンスの強化により罹患危険性マーカーとして利用可能となる.
 巨大冠動脈瘤や冠動脈石灰化を合併する川崎病については,Ca2/NFAT経路上にある2つの遺伝子が冠動脈病変合併症の有無に関連している.
 ただし,関連解析によって得られる知見はEBM(evidence-based medicine)におけるエビデンスレベル3であることに留意すべきである.メタ解析あるいは前向き研究により,エビデンスレベルをあげる必要がある.
(2)Mendel型遺伝形式をとる虚血性心疾患の原因遺伝子
1)MEF2A遺伝子:
常染色体優性遺伝形式をとる家族性冠動脈疾患の家系において,この遺伝子のエクソン11に21塩基の欠損が認められた.その他3カ所のアミノ酸置換を伴う変異も報告されている.この遺伝子は転写因子をコードしており,上記の変異は主要転写活性化領域あるいはその近傍にあたる.遺伝子変異により転写活性化能が失われるが,冠動脈疾患との機能的連関は明らかではない.
2)LRP6遺伝子:
この遺伝子は,LDL受容体遺伝子ファミリーの一員であり,平滑筋細胞での発現量が多い.Wntシグナル経路に存在し,細胞周期活性にかかわることで,血管平滑筋細胞の増殖を制御している.この遺伝子のR611C変異が,若年発症型冠動脈疾患の原因となる.細胞生物学的にはこの変異により,PDGF刺激による血管平滑筋細胞の増殖が促進され,動脈硬化につながる.
(3)冠動脈疾患を合併する遺伝性脂質代謝異常症の原因遺伝子
1)LDL受容体遺伝子:
家族性高コレステロール血症の原因遺伝子の1つである.LDL受容体はアポ蛋白B-100あるいはアポ蛋白Eを認識し,リポ蛋白を循環血液中から肝臓へ輸送する役割をもつ.遺伝子変異によりこの機能を失い,血清コレステロール値が高値となる.遺伝子変異は60カ所以上報告されており,変異のホモ接合体では幼児から小児期より冠動脈疾患の合併をみる.ヘテロ接合体においては男性では20代から,女性では40代から冠動脈疾患が認められる.
2)PCSK9遺伝子:
この遺伝子はエンドプロテアーゼファミリーに属し,LDL受容体の分解にかかわる蛋白をコードしている.この遺伝子の変異はLDL受容体の分解を促進することで血中LDL量を増加させ,家族性高コレステロール血症の原因となっている.一方で,決定因子ではないが,同じ遺伝子内の変化でありながら,血中LDL量を低下させる多型も存在する.この多型は冠動脈疾患罹患に対して保護的に働く.
3)LDLRAP1遺伝子:
常染色体劣性遺伝形式をとる家族性高コレステロール血症の原因遺伝子である.この遺伝子がコードするのは,LDL受容体の細胞質部分,リン脂質あるいはエンドサイトーシスにかかわるクラスリンコンポーネントと結合するアダプター蛋白であり,LDL受容体の細胞内取り込みにかかわる.9種類のDNA変異が同定されているが,ほとんどがナンセンス変異あるいはフレームシフト変異であり,本来の蛋白がつくられず,機能を喪失する.
4)ABCA1遺伝子:
血清HDLコレステロールの低値を呈する常染色体劣性遺伝形式をとるTangier病や家族性HDL欠損症の原因遺伝子である.この遺伝子がコードする蛋白はATP結合カセットをもつトランスポーターであり,HDLの形成に重要な役割を果たす.両疾患合わせて20種類以上のDNA変異が報告されており,いずれも機能喪失型である.
5)ABCG5/ABCG8遺伝子:
常染色体劣性遺伝形式をとるシトステロール血症の原因遺伝子である.両遺伝子は同一遺伝子座に逆方向に存在しており,遺伝子間の双方向プロモーターにより,同一の発現制御を受け,肝細胞および小腸上皮細胞で共発現している.肝臓では胆汁へのコレステロール排出,小腸では植物ステロールとコレステロールを小腸腔内に排出する機能をもつ.両遺伝子合わせて15種類以上の遺伝子変異が報告されている.
6)APOA1遺伝子:
アポリポ蛋白AI欠損症の原因遺伝子である.アポリポ蛋白AIはHDLの主要な構成成分であり,遺伝子変異による機能喪失により著明な低HDL血症を呈する.20種類以上の遺伝子変異が報告されている.
7)APOB遺伝子:
常染色体優性遺伝形式をとる家族性アポB-100欠損症の原因遺伝子である.アポ蛋白BのLDL受容体結合領域に遺伝子変異をきたし,LDL受容体への結合能が低下している.
8)APOE 遺伝子:
APOE 遺伝子のE2アイソフォームは受容体への結合能を欠いており,家族性III型高脂血症においてはE2アイソフォームのホモ接合体が病態の基盤となっている.
9)LIPC遺伝子:
非常にまれな肝性リパーゼ欠損症の原因遺伝子である.3種類の遺伝子変異が報告されている.
(4)その他
 コレステリルエステル転送蛋白欠損症はCETP遺伝子の異常が原因で著明な高HDL血症を呈するが,心血管病合併との関係については結論をみていない.
 家族性複合型高脂血症,家族性Ⅳ型高脂血症は冠動脈疾患の合併をきたしやすいが,原因遺伝子は不明である.小児期の疾患で冠動脈病変の合併を認める川崎病あるいはgeneralized arterial calcification of infancyについても決定因子となる遺伝子変異は明らかになっていない.[田中敏博]
■文献
この分野の進歩は非常に早く,かつ大量の知見が集積されているため,web上のデータベースを参照することが必須である.dbGaP database (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/gap)Online Mendelian Inheritance in Man (http://omim.org)
表5-4-1
公開データベース(dbGaP database)に登録されている虚血性心疾患の関連遺伝子">

表5-4-1


出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報